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島崎藤村の世紀 ―〈編集〉する/される作家


2023年4月1日(土)―6月10日(土)

開館時間 午前9時30分~午後4時30分(入館は午後4時まで)
観 覧 料 一般300円 中学生・高校生100円
休 館 日 日曜日・月曜日(祝日は開館)・4/27・5/25
編集委員 中山弘明(徳島文理大学教授)
主  催 公益財団法人 日本近代文学館

 

藤村再生

「島崎藤村の世紀」と呼びうる時代がありました。人々が「藤村の言葉」を借りて発言し、不安・喜び・怒り・希望を熱く語った時代のことです。「藤村の言葉」は時に激しい批判にもさらされました。一方で焦燥にかられた若者が発語する支えとなり、獄中で孤独の底にいる人に立ち直りの機縁ともなりました。1872年、木曾馬籠の庄屋・本陣・問屋を兼ねた旧家で生をうけた藤村は、昨年、生誕150年を迎えました。若き日の藤村が、北村透谷、星野天知、馬場孤蝶らと起こした雑誌「文学界」も今年創刊130年となります。現在、「藤村の言葉」は、ともすれば忘却されつつあります。『若菜集』「破戒」から「夜明け前」に至る膨大な「言葉」は、現代の枠組みに収まらぬものを持っています。
本展は、〈編集〉という視点からその作品に光を当てる試みです。自伝的作風からとかく年代記的に語られがちな作家ですが、自ら自費出版で本を作り、旧友や父の遺稿集を編み、自分で全集も編纂しました。北村透谷の作品が今日読むことが可能なのは藤村がその原稿を丹念に保存・編集したためです。また、若い女性たちのための雑誌も創り、自身の「言葉」を再構成して読本にしました。その一方で「藤村の言葉」に影響を受けた作家たちは、彼の作品を芝居に作り替え、自らの再生の起点ともしたのです。2015年に文学館のコレクションに、三男で画家の島崎蓊助(しまざき・おうすけ)氏の所蔵資料が加わりました。その蓊助氏は、戦後『藤村全集』編纂の中心となり、多くの「戦後作家」とも交流し深い「思索」をノートに刻みました。
藤村の肉筆原稿を見ると、そこからは静かな執念のごときものが立ち上がって来るのがわかります。一方、現代はメディアによるエディターの時代とも呼ばれます。藤村の言葉を、「〈編集〉する/される」という視点から見ることで、「島崎藤村の世紀」を再認識する機会になれば幸いです。
(本展編集委員 中山弘明)

 

島崎藤村 1922年

● 部門構成

第一章 遺稿を編む ―「春」と雑誌「文学界」―

島崎藤村の「春」の中には、藤村の先導者ともいえる北村透谷の言葉が多く引用されています。実際に藤村は『透谷集』や 『透谷全集』の編纂に携わりました。その他、父・正樹の遺稿編纂や、樋口一葉の『たけくらべ』(真筆版)序文原稿を通して、 「遺稿を編む」という角度から藤村の足跡を紹介します。また「文学界」創刊 130 年を特集するコーナーを設けます。

主な出品資料:「春」原稿、島崎藤村宛北村透谷書簡、樋口一葉宛「文学界」同人諸氏書簡、島崎正樹遺稿『松か枝』など

第二章 自作を編む ―『藤村詩集』と『藤村読本』―

人々に愛唱された『藤村詩集』は補訂・改刷を経て、大正末には既に 180 版にも達しました。自身の作品普及に意欲的であった藤村は、詩集のみならず『藤村読本』や「藤村パンフレット」といった書物を編んでいます。これらの資料から藤村の「自作を編む」意識を探ります。

主な出品資料:「ある女の生涯」原稿、『若菜集』・『藤村詩集』などの著作、加藤(島崎)静子宛島崎藤村書簡など

第三章 全集を編む ―「定本版藤村文庫」と「破戒」表現史―

生前、藤村は自身の全集を「定本版藤村文庫」として編纂しています。その中で「破戒」は、本文の改稿や、「身を起すまで」という副題を付されるなど、大幅な変更が施されています。「破戒」は差別的な表現ゆえに厳しい批判を受けましたが、この改変はさらなる批判の種となりました。周辺資料を紹介し、「破戒」における表現・出版の歴史を再考します。

主な出品資料:島崎藤村『破戒』初版、定本版藤村文庫『破戒』、坂本一亀宛部落解放同盟書簡など

第四章 雑誌を編む ―「処女地」と女性たち―

大正 11 年、藤村は自身の全集の収益を投じ、女性の同人たちで構成される雑誌「処女地」を創刊しました。社会における女性の目覚めについて、藤村が意識的であったことは、創刊号巻頭言「来るべき時代の婦人のため」という一節からも明らかでしょう。同人たちへ宛てた藤村書簡をはじめ、彼女たちの著作で雑誌「処女地」の足跡をたどります。

主な出品資料:「子に送る手紙」原稿、「処女地」創刊号、有島生馬宛島崎藤村書簡など

第五章 「夜明け前」と芝居 ―近代演劇の中の藤村―

日本の近代演劇の歴史において、藤村作品がひときわ大きな意味を持つのは、昭和期のプロレタリア作家たちとの接続といえるでしょう。藤村作品が劇化され、また拠り所とされていたことは、いわば他者による藤村の「言葉」の編み替え作業であったのかもしれません。藤村自筆「夜明け前」創作ノートの他、「夜明け前」舞台パンフレット等演劇関連資料を展観します。

主な出品資料:「夜明け前」創作ノート、秋田雨雀日記、徳永直宛中野重治封緘書簡など

第六章 戦後作家と藤村 ―島崎蓊助コレクションから見えるもの―

藤村の三男・島崎蓊助は、若き日にアヴァンギャルド芸術運動に参加した画家でした。「島崎蓊助コレクション」の資料群から、戦後作家との交流を明らかにする書簡と、「創作ノオト」の一部を展示します。これらの資料を通し、戦後文壇における島崎藤村の影響を照射します。

主な出品資料:島崎蓊助「創作ノオト」、上林暁・草野心平・庄野潤三・本多秋五らの蓊助宛書簡など

◆図録

990円(税込み) 4月1日より販売予定
当サイト内WEBショップのほか、お電話でもご注文いただけます。
電話 03-3468-4181

展覧会記念イベント
「藤村と蓊助―政治、美術 そして文学」
※定員に達したため、申込受付を終了しました。
たくさんのお申込み、まことにありがとうございました。(2023.4.11)

2023年5月3日(水・祝) 13:30~15:40(予定)
於:日本近代文学館 講堂
第一部:中山弘明氏(本展編集・徳島文理大学教授)による基調講演
第二部:「藤村と蓊助―政治、美術そして文学」

【登壇】
加藤哲郎氏(一橋大学名誉教授・政治学)
春原史寛氏(武蔵野美術大学芸術文化学科教授)
中山弘明氏(本展編集・徳島文理大学教授)

 

同時開催 川端文学のヒロインたち

「伊豆の踊子」や「雪国」をはじめ、川端康成の作品には多くの魅力的なヒロインが登場しますが、その姿は映画化作品のイメージなどとともに、読者に深い印象を残してきました。また、川端が戦後の新聞や婦人雑誌に連載した作品群には、新しい時代を生きる様々な年代の女性の姿が描かれています。

本展では、川端が一高生時代に恋をしたカフェの女給・伊藤初代をモデルにした少女、伊豆や浅草などの温泉場・盛り場の女たち、ダンサーやバレリーナといった舞姫たち、母と娘など、川端文学の様々なヒロイン像を、肉筆原稿をはじめとする当時の貴重な資料からたどります。

写真:岐阜市瀬古写真館で伊藤初代と(大正10年10月・部分)

*併設の川端康成記念室にて開催。特別展の観覧料(300円)で同時にご覧いただけます。